Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “芽吹きも間近の”
 


空の青が随分と濃くなって、
木々の梢に灯った若緑や萌緑を照らす陽も、
その明るさが濃いからこそ、
地上へと落とす陰の色もまた、深まって来たような。

 「…っくちん☆」

広間の板の間へ、とてとて出て来た小さな坊や。
濡れ縁から差し入る陽だまりを追ってのことだったけれど。
足元からお膝あたりまでが、明るい陽光に浸かりかけたところで、
ふっと立ち止まっての、お口から放ったのが、
何とも愛らしい くさめを一つ。

 「くう? 冷えるのか?」

広間の奥向き、几帳を立て回した辺りからのお声へ、
ん〜んとかぶりを振ったものの、
それでもまたまたお鼻はムズムズしたりして。
くちん、くちゅんと続けざまのくさめが飛び出したところへ、

 「くうちゃん? 朝は寒いから、もう1枚羽織らなきゃ。」

とたとたと、濡れ縁のほうを回って来た足音があり、
ほわんと湯気の立つ手桶を片手に下げて来たのは、
こちらのお屋敷へ書生として住まわっている瀬那くんで。

 「せ〜な、おはようvv」
 「おはようvv」

ご機嫌ですとはしゃぎつつ、
優しいお兄さんへまとわりついた坊や。
頭の上、甘い亜麻色の髪の間には、
ひょこりと立った三角のお耳があり。
小さなあんよがパタパタ・とたとたと駆けるのに合わせ、
お尻の間近でひょいひょいと、
軽やかに揺れるのはお尻尾ときて。
まだまだ少年という域を出ないセナくんが、
片手でひょ〜いと抱っこ出来ちゃう小ささの坊や、
実は実は、天狐の総帥の跡取りだったり致します。

 「おゆ?」
 「そう。お師匠様のお顔洗い用だよ?」

くうちゃんもついでに拭ってもらいなさいなと、
そのままとてとて几帳へ近づけば、

 「…しゃあねぇな。」

自分だけのことじゃあないなら、起きてやろうかと、
そんな順番で起き上がったらしい、当家のお館様のお声がし、
手前の几帳が音もなく横へとずれて視界が開ける。
立って来ての退けて下さったわけじゃあなし、他に誰ぞがいるでなし。
ちょっとばかしの集中をなされば、
その程度の調度くらいは、あっさり移動させられる術師様が。
動くのが面倒だったか、簡単な術を使ったらしくって。

 “ボクだったら、そのくらいのことへは立った方が早いんですが。”

きっとお師匠様には、どちらも同じほどの簡単な手間なんだろうなと、
こんなささいなことへも感じ入るお弟子さんはともかくとして、

 「おやかま様、起っきしゅる?」
 「おお。」

ほんのさっきまで、同じ綿入れの夜具の中にいた相棒、
小さな仔ギツネさんが戻って来たのを、
身を起こしたそのお膝へと招き寄せ。
くああと欠伸を漏らしながらも、
セナくんの用意が済むと、
高脚つきの膳台もどきへ置かれた、
小さめの平桶を前にし、ちゃぷちゃぷとお顔を洗い始める。
と言っても、ほんの数回ゆすいだ後は、
手ぬぐいを浸してしまわれて。
キュッと絞ると、
そのままくうちゃんのお顔のほうへと取り掛かられる。

 「はやや、ほかほかvv」
 「そうだろう。…ああ、ほれ。目元も拭わねば。」

本来は、晩になったら天の宮へと帰るのが決まりの仔ギツネさんだが、
今夜はここでネンネするのという駄々をこねると、
四回に一度ほどの割合で、
しょうがないですねと使いの朽葉が折れる日が増えている今日この頃。

 『春先は神様たちもお忙しいのでしょうか。』
 『かも知れねぇな。』

そしてそんな方々のお使いである天狐らは、もっと忙しくなるものか。
小さな皇子の我儘を、だがまあここなら安心かなぁと思うのか、
父王も黙認して下さっているらしく、

 『ですが、よろしいか? 葛の葉様。』

一応の注意事項を、しかと告げてから戻るところが、
お使いの天狐様もまた律義なもんで。

 『この時期は、
  冬の間 眠っていたところから ようよう目覚める者も多いので。』

よいですか? 重々お気をつけるのですよ?
寝ぼけているその上、空腹でもある相手。
小さな生き物ならば難なぞありませぬが、
熊や狼や山犬に、年経たイタチやネコなどは、
ともすればまだまだ幼い存在の和子様に、
不埒を働くかも知れませぬ。

 『喰われんように気をつけよと、
  はっきりくっきり言ってやりゃあいいのによ。』
 『お、お師匠様。』

口が悪いというよりも、

『あれじゃあ くうの方だって意味が判らねぇかもしれないぞ。』

とばかり、
そこへは…いつの間においであそばしたものか、
黒髪精悍な蜥蜴の総帥様もまた、
うんうんと同意の態でおわしたものの、

 『だがまあ、ある意味もう遅いがなぁ。』
 『〜〜〜〜〜。』

そこへと余計な一言を付け足す蛭魔だったのへ、
すぐさま何のことだか通じているからこそ、
あっと言う間に苦虫かみつぶしたような顔になった葉柱だったのは、

 “それもまた、
  以心伝心が深く通じているということなのかなぁ?”

かっくりこと小首を傾げた書生くんだったが。
それを言うならセナくんにだって、
くうちゃんがあの阿含さんへと懐いてることを指してると、
ちゃんと判ってる話じゃあないですか。

 “あ、じゃあじゃあ、ボクもお師匠様と以心伝心?”

ずんと斜めの的を射て、しかも喜んでてどうしますかと。
筆者が思わずコケかけたところで、

 「あ、けきょが鳴いたvv」
 「そうさの、今年はいやに早いな。」

陽光まばゆいお庭へと、
どこからか聞こえた春告げ鳥のお声もして。
いよいよの春も間近いようでございます。





  〜Fine〜  10.03.19.


  *いかにも春だなぁという、いいお日和だったのでvv
   他愛ない朝のお話なぞ。(他愛ないか?・笑)

   これもまた春めいてたからでしょか、
   裏の物干し場の間近、駐車場のすみっこで、
   茶トラの猫がそれは気持ち良さそうにお昼寝してました。
   何だろか すうすうという音がするなぁと見回したら、
   アジサイの根方にデンと座ってた猫さんがいましてね。
   …結構な音がするんですね、猫の寝息。
(苦笑)

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